2018春清里「色々な気づきがあった」方2

2018 清里リトリートにて

  • リトリートから帰ってから友人に何があったの?顔が違う!と言われました(笑)。
    背中の重〜いだるさと痛みが10日ほど続きました。
    丁度リトリートから戻って一ヶ月が経ちました。
    あの場で私に何が起こったのか、やっと少し落ち着いて振り返る事ができそうです。
    最終日にシェアできなかったのでこの場を借りてシェアしたいと思います。

    子どもの頃、明日からもう私は何も感じない人になる!と決めた日。
    もう絶対に感情を無視しない!と心に決めたのが今年のはじめ。
    その後、今度は感情を味わおうとすると感情に飲み込まれてしまうようになりました。
    それがすごく苦しくて終わりがないような感じで、終わったと思っても又すぐ同じ感情の繰り返し。
    自分の中ではもうどうすればいいのかわからないという感じでした。

    そんな中、めずらしく何の障害もなくリトリートの3日前に申し込みができました。
    レナードさんの本は、ずっと前から買うリストに入れたまま、ふと買う気になり、読み終わったのがその前日でした。

    2日目の日に、レナードさんがお話の中で「無で満たされている」と言う言葉を聞いて、これまで私が感じていた、「全ては幻想で、無」=「なんにもない」、愛も神もいない、ただ無だけがあるという(これもエゴのストーリーなのですが)その茫漠的イメージがひっくり返りました。
    無も愛なんだ!!よかったー、という安堵感。

    3日目の日にレナードに質問した後の事です。
    あり得ないくらいエゴにズッポリとはまり込み落ちたのです。
    いつもどうしてそうなるのか苦しみながらもだいたいはわかってきて、自分を立て直すのですが、なぜかあの時はまったくわからず、わからない事に絶望しました。
    エゴの声も尋常じゃなかったです。
    エゴの声だと気づいているのにあっというまに同一化してしまう苦しみ。
    最終的には、この現実に生きてても意味がない、生きるのも死ぬのも嫌、幽霊になりたい、とまで思いました(笑)。

    私の帰る所はどこにもないという絶望感。
    今思えば、幼い頃よく感じていた感覚です。
    あらゆる溜めこんだエゴの声が一気に放出された、という感じでした。
    合間に正気の声もちらほら聞こえてくるのですが、その後、比にならないでかいエゴの声がそれを打ち消します。
    多重人格者の様でした。
    まさにエゴの嵐にもみくちゃにされた感じ。

    翌日も重~い気分でいましたが、色んな方が温かい声をかけてくれました。
    特にK子さんとシェアした話の中で、K子さんもリトリートで私と似たような体験をされたらしく、それを聞いただけで私はとてもほっとしました。

    その後、K子さんが話の中で「それがストーリーなんだって!」という一言を聞いたときに、自分がどういうストーリーにはまっていたかが突然わかったんです。
    なぜだかわからないけど。
    そしたら、昨夜からの身体の重みがみるみる軽くなり、視界が広く明るく変わってしまいました。
    長い間背負い続けてきた荷物をどかっと下ろせた感じ。

    エゴのストーリーの巧妙さはすごかったです。
    いつもの私のエゴのストーリーは、子どもらしい強い思い込みでへんてこな思考パターンを後生大事にもち続けてきたものだったので、比較的気づきやすいものでした。

    でも、今回のストーリーは今の大人の私が聞いても「どこがおかしいの?」と思うほど巧妙に美しい言葉を並べ立てるポジティブな美しいストーリーでした。
    全く疑う事もなく完全に何十年も信じ込み、自分の背景になっていて全然見えていませんでした。
    まさかそれが苦しみの元だったなんて。

    そのあとのワークで他者と喜びをわかちあうという愛の感覚を生まれてはじめて感じました。
    自分の心臓のあたりから湧き出てくるあの感じ。
    繊細であたたかくやわらかいあの感じ。
    心が震えるあの感じ。
    それが自分から、ただ今ここにあるだけで湧き出てくる。
    相手の目を見つめたとき、自分が与えてるという感覚ではなく、なぜか相手からの愛を受け取っているという不思議な感覚。

    私たちが愛そのものならば、どうして、その無条件の愛をリアルに感じる事が出来ないのか。
    その求め続けてきたものをはじめて感覚として感じられました。
    心と身体で感じられました。
    そして、みんなの顔が幼子のような顔に見えました。
    みんなと心がつながるという事が深い体験として味わえました。

    この感覚を家族に対して求めてきたんだなあと思います。
    でも家族と味わえてたら、こんなに深くこの場で味わえなかったと思います。
    あのエゴの底付きの夜があったからこそだと思います。
    K子さんの一言が心に入ってきたのも。
    ある意味もみくちゃにされて、自分でなんとかしなくちゃという思いは一滴も残っていなかったから。

    あと、帰ってきてからあれほどしつこかった感情(怒り)がまったく湧きあがってこなくなりました。
    それと同時に喜びの感覚が今までより強く感じられるようになりました。
    こんな体験ができるとは来る前は夢にも思っていませんでした(笑)。
    あの場だから体験できた事だと思います。
    すばらしいリトリートでした。
    来年も参加します!! (柴田 籍子さん)